2014/06/05
「早川洋専務の退任」<255>
「早川洋専務の退任」<255>
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5月30日の株式会社木村経営ブレーン取締役会をもって早川洋取締役専務が退任された。
早川洋専務は京都の大学を卒業後、昭和53年2月20日に当社に入社し、勤続年数は36年3か月になる。
平成27年4月に定年の還暦を迎えるのを機に退任された。
思い起こすに…
昭和53年3月は、私が富士短期大学を卒業して税理士事務所を松任市(現白山市)自宅から金沢市間明町の上野ビル(今は取り壊されて無い)に移転した時期である。
富士短期大学卒業で公認会計士の受験資格を得たが、諸般の事情を判断して受験を断念し税理士事務所の経営に専念することにした。
私はTKC、税理士会、MMPG、日本医業経営コンサルタント協会の団体役職に忙殺され、事務所の日常管理は右腕左腕である早川洋専務、坂下勉常務に頼っていた。
TKCの北山金沢センター長(当時)が「早川さんは事務所の大明神ですね」と言っていたのを鮮明に覚えている。
当社の前身である木村光雄税理士事務所が昭和50年6月1日に創業してから39年間に正社員は89名入社し60名が退社している。
会社を勤め上げる至難さを如実に物語っている。
いかに早川氏の努力が卓越していたかがわかる。
早川洋専務の当社での略歴。
昭和53年2月(22歳)…入社
昭和57年6月(27歳)…取締役
平成12年3月(45歳)…取締役常務
平成21年2月(54歳)…取締役専務
平成26年5月(59歳)…退任
当社は医業を業種特化しており、昭和60年8月に全国ネットの医業福祉経営コンサルタント集団であるMMPGに入会した。
その時の医業部門の担当役員に早川氏が就いてから今までの29年間に会社の主要部門に育ててくれた。
また、平成19年4月に日本医業経営コンサルタント協会石川福井連合支部の事務局長に就任していただいた。
平成17年春には私が北陸税理士会会長に三期目の挑戦をしたときの選挙対策本部事務局長としてもご苦労いただく。
退任にあたり、私が4年間つとめた北陸大学の「医業経営」「医療サービス」の講義を早川氏に引き受けていただく。
私も昨年2月に会社の代表取締役から取締役に退いているが、次いで早川氏の退任は時代の流れとは言え寂しい限りである。
早川洋氏のご健勝と今後のご活躍を期待したい。
写真…カキツバタ(5/27鞍月パーク)
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